2008年12月09日

敵兵を救助せよ!

漂流中に日本海軍「雷」が救助、元英大尉「恩人」の墓訪問

 昭和戦争中、現インドネシア・ジャワ島のスラバヤ沖海戦で乗艦が撃沈されて漂流中、日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」に救われた元英国海軍大尉サムエル・フォールさん(89)が7日、埼玉県川口市にある「雷」艦長だった工藤俊作・元海軍中佐の墓を訪れ、66年ぶりに“再会”を果たした。

 1942年3月、フォールさんらが乗った英軍艦「エンカウンター」など2隻は攻撃を受けて沈み、乗員のうち422人が24時間以上も油まみれの海で漂流した。

 近くを通りかかった工藤さん率いる「雷」が漂流者たちを救助。雷の乗組員は、重油まみれのフォールさんらの体を丁寧にふき、衣服や温かい食事も与えた

 フォールさんは帰国後、自らの体験を英国内で紹介し、知人を通じて工藤さんの消息を捜した。2003年には自ら来日。しかし、工藤さん自身が周囲に話さなかったこともあり、行方が分からないままだった。救助の秘話を耳にした作家の恵隆之介さんたちが、工藤さんの生まれ故郷である山形県高畠町などを訪ね歩き、工藤さんは1979年1月、77歳で亡くなっていたことが判明。これを伝え聞いたフォールさんは今回来日を決意したという。

 「サンキュー」。墓前でフォールさんは、墓をじっと見つめ、心の中でそうつぶやいた。「助けられなければ死んでいた。この体験は一生を通じて、忘れることはない」。フォールさんは、墓参り後の記者会見で、そう語った。

 この日は、工藤さんの遺族や雷の航海長だった谷川清澄さん(92)(静岡県伊東市)も参列。谷川さんは「工藤さんは、口数が少ないが落ち着いて判断を下す立派な人だった。心から感謝され、本当にうれしい」と話していた。

(2008年12月7日22時21分 読売新聞)

 工藤俊作・元海軍中佐が海上を漂流されていたサムエル・フォールさんらを救助したという話は、以前、テレビ番組で取り上げられました。この話は、恵隆之介さんが『敵兵を救助せよ!』(草思社、1785円)という著書で書いておられます。

 時が巡って、工藤元海軍中佐は亡くなり、フォールさんも工藤元海軍中佐の消息を探すことが困難でした。その原因に工藤元中佐がこの事を口外しなかったことにありますが、あえて周囲に話さなかったところが武士道精神を貫いた工藤俊作・元海軍中佐の心意気というものでしょうか。
 
 今回の来日でフォールさんは工藤元海軍中佐の墓参りをされました。こういう形での再会はやはり時の流れというものを感じさせますが、かつて敵同士戦ったという関係ではありますが、しかし、敵に対しても敬意をもって接するという、工藤さんの武士道精神とフォールさんの騎士道精神というものを感じさせます。

 この話はとこしえに語り継いでいきたいものです。

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posted by つるり at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 国防・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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