2008年12月22日

小説:迷走する南京虐殺記念館2

以降は、小説と思ってご一読ください♪
前回記事の続きです。
第四回 中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会平成20年6月19日
(小原参事官)前回は開館当日、その後関係者(国内・在外)および専門家にも訪問・分析してもらった。その報告をまとめると、
(中略)
・別紙@ABの写真は撤去された。
・別紙C(百人斬り)の写真は残っている。ただし以前より展示は小さくなっている。

 とあります。「別紙@ABの写真」というのが、17日産経記事で撤去されたと報じられた写真と思われますが、ということであれば、南京虐殺記念館の新館開館当日には撤去されたということになります。しかし、19日の【主張】南京大虐殺記念館 問題写真撤去を第一歩にだと、新館オープン後に撤去されたという内容になってしまいます。
 17日産経記事が別紙@ABの写真をさしているのであれば、結果的に細部を誤ったといえますが、産経の記者が政府関係者から最近になって聞いたのであれば無理もないかもしれない。と同情します。

 さて、同時に 20日付中国新聞社電を引用したサーチナ「もともと展示していなかった」も苦しい言い訳ということになってしまう。

 19日付中国新聞社電「2007年12月13日に新館が開業して以来、写真は1枚も変更していない。産経新聞は意図的に事実を歪曲(わいきょく)して、本記念館の名誉を傷つけた。厳重に抗議する!」までは揚げ足とりも3分の理があるが、「もともと展示していなかった」とくれば、明らかにウソくさい。
 しかし、無理もない。
「2007年12月13日には3枚の写真が撤去されていました」などと訂正されればさらに具合が悪い。
 んで、先手を打って少々というか、かなりウソくさくても「もともと展示していなかった」と言ってしまおうと。
 
 産経が言う撤去された写真というのが上記の「別紙@ABの写真」であれば、「”極悪な日帝”を破って人民を解放したのは中国共産党である、人民よ圧政を甘んじて受けよ。」と散々言っていた実行していた中国が、”日帝”に指摘されて過ちを認めてしまったことになる。
 そうなれば、中共がウソをついていたということがあからさまになってしまう。
 だから、話があまり大きくなると中国の面子にかかわるので、なんとかうやむやに誤魔化したい。「もともと展示していなかった」といえば、ウソくさいけれど、”日帝”に指摘されて過ちを認めてしまったことにはならない

 それもこれも、よせばいいのに産経が記事にしてくれたおかげで・・・、産経が凡ミスしたのが不幸中の幸いだったが・・・。
 と、中国側は思っているに違いない。

 というわけで、「このことは、双方の写真にたいする真偽(の見解)が大きく異なることを意味する」と日本の主張を紹介する珍しい事態となった。

 これは、敵である日本の右翼新聞(中国に言わせると)の凡ミスと、中共の面子という事情が生んだ珍しい産物である。
(一部加筆しました)

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posted by つるり at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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