2007年09月01日

フランスよ、どこへ行く




 本書は、産経新聞に「緯度経度」及び、「パリの屋根の下」として2001年春から2006年末までに連載された山口昌子産経新聞パリ市局長のコラムである。
 フランスは日本と異なり「国家」というものが、目に見える形で存在しているような気がする、と著者は述べている。つまり、フランスには確固たる理念があるということだ。
 ド・ゴール将軍の言うところの「フランスに関するある種のイデ」があるところにフランスが存在する。「ある種のイデ」とは、「フランスは不可分の非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である。・・・共和国の標語は「自由、平等、博愛」である。」というフランス共和国憲法第一章第二条である。
 ところが、冷戦終結と同時に、キリスト教とイスラム教の相克という宗教問題、人種問題、さらに移民問題という雑多な問題が噴出した。中でも「移民問題は宗教を土台とし、生活習慣や文化伝統などの対立を住民に生み雇用問題や教育問題にも波及している」という。
 フランスの「基本理念」は「自由、平等、博愛」である。故に「ラシスト(人種差別者)」という言葉は最大の悪口で侮辱であり、「ラシスト」といわれた場合は、ほとんどの人が必死に否定していたという。しかし、北アフリカ系のイスラム教徒をはじめとする移民が、フランス語を学ばず、アラビア語を話し、イスラム教特有のスカーフを被り、フランスへの「同化」を拒否した時期から、「ラシスト」という言葉が効かなくなったという。
 二年前、北アフリカ系の移民家庭の若者による暴動事件がフランス全土で多発したことは記憶に新しい。しかし、暴動を起こした若者と同じ地域に住む住民からも暴動に対する反発が出ていた。彼らも、暴動の被害者であったからだ。また、国民の3分の2が「非常事態法」適応を支持した。
 しかし、著者は、単なる「治安問題」ではなく、フランス共和国の「基本理念」と「現実」とが真っ向から衝突した事件であり、深刻な「社会問題」だと述べている。
 暴動に参加した若者の親達の多くが失業者であり、手厚い社会保障制度に加えて、少子化対策の援助という社会政策もあり、あくせく働くよりも収入が多い場合があるという。それが、労働意欲を奪い、子供への権威を失っているとの批判が出ている。
 社会福祉政策重視の「社会モデル」の行き詰まりが暴動事件を招いたとの見方も可能であるだろう。
 米英式の自由競争を基盤とする「自由モデル」を公約に掲げたサルコジ大統領が選ばれたのは必然であったといえるのではなかろうか。
 さまざまな難問と軋轢の中でフランスは「自由、平等、博愛」という「共和国」としての自負と矜持を守ろうとしている。
 フランスから学ぶことは多いといえる。フランスと同じ轍を踏まないことも勿論そうだが、日本国としての「基本理念」とは何か、「国家」として何を守っていくのかという「国のかたち」である。

 なお、蛇足ではあるが、「平和主義」とは「敗北主義」、現実回避と同義語であるという。「われわれは平和主義ではない」とシラク大統領が強調していたのも敗北主義や逃げ腰と誤解されないためだという。「平和主義」という言葉は日本以外の国ではよい意味では使われないらしい。
 今の政治家には、心に留めて頂きたい部分である。

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posted by つるり at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評・レビュー等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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